「なんの話?」
後ろから唐突にかけられた声に、暦はぴたりと動きを止めた。
午後の授業が終わってすぐ、月末までに必要な書類がどうので担任に呼ばれたランガを待っている間、久しぶりにクラスメイトとの放課後談議に花を咲かせていた。昔から交友関係は浅く広く、どちらかと言えば運動部所属の友人が多いけれど、基本的に部活動参加は自由なゆるい学校なので帰宅部もそこそこ。一人パークで暗くなるまで滑る前に、教室でこうやってだべることも多かった。スケートの話こそ出来なくても、”ダチはダチ”ってやつだ。気の置けない友人たちと他愛無いことを笑って話す時間も、暦は好きだった。
尤も、ランガに出会ってからは生活が一変して、授業が終わるや二人でボードを抱えて教室を飛び出すことが常になっていたので、そんな機会もとんとなくなっていたけれど。だからと言うか、皆いつもよりちょっとだけテンションが高めだった。暦自身もなんとなく浮かれていた。要するに気が緩んでいたのだ。ちょっと考えれば、いや考えなくてもわかる——アイツの前でこの話題はまずいって。
「見ろよランガ、暦の好みってほんとわかりやすいから」
無邪気なクラスメイトの声が耳を素通りしていく。背中にどこか冷んやりとした空気を感じて、暦は汗がタラリと頬を伝うのを感じた。男三人が囲んでいた机の上には週刊少年チャン●オン、そこからびろんとはみ出したページは、いかにも際どい水着を身に着けた若手女優の大判グラビアだった。
「清純派白ビキニ!とか、エロと清純は同居しねっつの」
「男の夢詰め込んだって感じだよなあ」
女優は細身で、少しキツい目元が印象的だった。カメラに向かって堂々と脚を開いて、濡れた黒髪がたわわな胸の谷間に流れている。一見してすぐ「ああレキが好きそう」と思った。前にも見たなこういうの、レキの部屋のベッドの下で。必死に隠そうとしてたけど、おれも興味がない訳じゃなかったから一緒に見たんだ。レキは勘弁してくれって言ったけど、ここぞとばかりに聞いたっけ、レキはどういう子が好きなの?顔のパーツならどこ?髪の長さは?胸は大きい方がいいの?お尻は?腰のくびれは重要?痩せてる方が好き?年上?年下?矢継ぎ早の質問に、レキはしどろもどろでどんどん蒼白になっていった。だってすごく興味あったんだ、おれたち付き合い始めたばっかりだったから。
「、うっせーよ!お前らだって好きで見てるくせに」
上擦った声が出た。後ろの彼が今どんな顔をしているのか、想像するだけで寒気がしてうかつに振り向くこともできない。やっちまった……、と人知れず暦は頭を抱えた。前も部屋で見られたことあんのに。まだ付き合って間もない頃、たまたま家族がみんな居ない時間帯で、もしかしたらって下心もあったのに、床に押し倒したところでベッドの下に隠してたピンナップを発見されて引っ張り出された。そこからは一方的な質問責めに遭って、トドメに言われた言葉が、
『……これがレキのfap materialなんだ』
「かわいい子だね」
「お、やっぱランガも興味あるんだ?」
クラスメイトはいささか興奮気味に喰い付いた。帰国子女でどこか潔癖な雰囲気の漂うランガが、この手の話に乗ってくることは珍しい。幸い周りに煩い女子も居ないし、この機会にいろいろと話を引き出してみたいという好奇心も手伝って、彼はもう一歩そこで踏み込もうとした。
「なあランガはさ、向こうでどんな子と——」
ガタン!と大きな音を立てて、暦が立ち上がった。
「悪ィ、俺らもう帰るわ」
じゃーな、とかばんを引っ掛けてさっさと踵を返した暦の後ろを、ランガが当然のように追いかける。教室を出る前に一瞬だけこちらを振り向いて、彼は涼やかな顔で「また明日」と笑った。
「……なんか俺マズイこと言った?」
「いや別に。でも暦、ちょっと雰囲気変わったよな」
馳河に影響されたんかな?つるむ相手が変わるとそうなるよなあ。どこかしみじみと言いながら広げていたグラビアを閉じた手が、そこでちょっとイヤな違和感を覚えた。
「オイ……これ何か湿ってねえ?」
「そりゃ兄貴のズリネタだし」
「レキ、待って」
早足で階段を降りて昇降口を抜けて、振り向きもせずに正門を出る。ボードを挟んだ鞄がふたつ並んでいる姿に、すれ違う誰もがもはや当たり前のような顔をして「バイバイ」と声をかけてくる。黙り込んでいる暦の代わりに目線だけでそれに返しながら、ランガはさっきの担任の言葉を思い出した。
学校にはもう慣れたか、クラスの皆とはうまくやれているか。喜屋武とはずいぶん気が合ってるみたいだな。仲がいいのは結構だがそのボード、まさかお前ら校内だけじゃ飽き足らず、公道で滑ったりしてないだろうな——
「レキってば!」
ぐいと腕を引っ張られて、やっと暦がこちらを振り向いた。眉間に皺が寄っている。あ機嫌わるいな、とランガは思ったが口には出さずに「もう学校からは見えないから、乗って帰ろ」とボードを指した。暦は自分もボードを取り出して、そこでようやく自分が怒るのはお門違いだという事に思い至った。いや寧ろ詰められるネタがあるのはこっちの方だったと思い出して、どうにも決まりが悪いというか、居た堪れなさに下を向いたまま、躊躇いがちに口を開いた。
「あ~……今日さ、」
「7時。今日はちょっと早いかな」
間髪入れずに答えると、暦が驚いたように顔を上げた。スマホの時刻は16時35分を表示していた。週の中日、母親は食べ盛りの息子のために、食材をいっぱいに詰め込んだ買い物袋を提げて足どり軽く帰ってくるだろう。
「滑って帰れば15分で着くよ。……寄ってくだろ?」
何でもないことのように、ランガはそう言って寄越した。さっきの出来事なんてもう忘れたとばかりに。その耳がほんのり赤く染まっているのに気付いて、暦は思わずごくりと唾を飲み込んだ。
——おばさんが帰ってくるまで。
一気に熱を帯びた頬を誤魔化すように、ボードに足を掛ける。互いに目配せして、同時に滑り出した。
あと二時間、二人きりだ。
三和土に靴を脱ぎ散らかしておく。玄関を入った母親が気付いて、呆れた顔をしつつも揃えてくれるはず。それから上がり框に行儀悪くかばんを二つ、ばらばらに投げ出しておく(この時スマホは抜いておくのも忘れない)。そうすればかばんを拾い上げながら「もう、だらしないにも程があるでしょ」という声を拾うことができる。できればベットボトルとか、コンビニの袋とか、なんでもいいから床に散らかしておけたらもっと時間を稼げるんだけど、あいにく今日は手ぶらで帰ってきたのでそれは無理だった。代わりにソファの上に制服の上着を二人分、重ねて放り出しておいた。「皺になるでしょ!」とハンガーに掛けてくれるだろうから。いつもなら母親の手を煩わせないために自分で行うそれら一連の動作を、思いつく限り放ったらかしにする。一秒でも長く、暦との時間を確保するために。
シャツを脱がし合って、制服のボトムに指を掛けられたところでランガが「ぜんぶ脱いだら着るのに時間かかる、」と訴えたため、暦は小さく舌打ちしながら下履きをずり下げるのに留めた。限られた時間でのセックスは手際の良さが重要で、こんな時の暦はいつになく即物的で無遠慮だ。早く脱がせて触りたい。早く入れて気持ちよくなりたい。常は誰より優しい彼の、本能の持つ生々しさを感じて、ランガはいつもときめいてしまう。最初から口を開けた状態でのかぶり付くようなキスは、愛情の確認というより唾液の分泌を促すためのものだ。零れたよだれを掬い取って絡めた指が、すぐ後ろに伸びてきた。
「あ、レキ待って、アラームかけるから」
仰向けに寝転んだ状態で腕を伸ばして、ベッド脇に投げていたスマホを拾うと、タイマーを設定する間にもう指が入り込んできた。
「ぁう、」
そこで暦が眉をひそめた。
「……お前、また後ろ弄っただろ」
途端に頬がかっと燃えるのを感じた。ろくな抵抗もなくあっさり第二関節まで飲み込んだ指が、中で円を描くようにぐるりと回された。
「俺お前のほぐすの、けっこう好きなんだけど。ぜんぜん固くねえな」
「っごめ……、昨日シた、あっ」
節くれだった指が、ナカを優しく広げてくれるのが堪らなく気持ちよくて、どうしても声が出てしまう。謝らなくていーけどさ、と苦笑して、なあ、とやけに真面目な顔で暦が言った。
「あっちではオナる時、なんて言うの?」
「、は?」
一瞬、揶揄われているのかと思ってムッとしたが、暦の他意の無い顔を見てすぐにそんな気持ちは消えた。好奇心だけで聞いているらしかった。こんな時まで子どもみたい、レキかわいい……。けれど指の動きは可愛げが無く、いつの間にか二本に増えていた。
「ふ、fap……」
あっあっ、と動きに合わせて反射的に声が漏れる。骨張った指の腹が、少しだけ強く内側を引っ掻いた。
「あっ……!、I love these fingertip……fap fap fap」
ゆるく勃ち上がっている前を自分で軽く擦りながら、サービスのつもりでスラングを口にすると、真っ赤になった暦に「そこまでしなくていーっつの!」と慌てて止められた。
「最近は前より、後ろ触る方が多いから……」
「……マジで?」
興奮を隠せない様子で覗き込んでくるのが恥ずかしくて、フイと顔を背けた。……レキ、わかってるのかな。誰の所為でそうなったのか。
「指じゃ最後までイけないけど……何か長い、棒みたいなの突っ込」
「駄目だろそんなん!!」
勢いで指が抜かれて、反射的に「んん!」と鼻に掛かった高い声が出た。暦は焦ったような、怒ったような顔で、前のめりになりながらランガの肩を両手でがっしり掴んだ。
「お前の中にそんな、変なもん入れんなよ!傷とか付いたらどうすんだよ!俺が、俺がこんなに」
——こんなに大切にしてるのに。
「……うん」
知ってる。ちゃんと知ってるよ。
指先に力が籠もって、肩に食い込む。そっと片手をとって、短く揃えられた爪の先にキスをした。
「入れない。レキしか入れたことない」
口でしようか?って聞いたら首を横に振られた。「すぐ出ちまうから駄目」って。いいのにって言ったら、俺だけ気持ちいいのは駄目だって。いいのに。何度でも気持ちよくなってほしいのに。
「それにレキ、復活も早いだろ」
「”も”ってなんだ……他も早いみたいに言うな」
入ってくる。硬くて熱い、ずっしりした質量が、狭い中をみちみちと掻き分けて進んでくる。
「レキ、あっレキ、好き、すき」
指じゃ届かなかった奥をずんずん突いて、切なく疼いていたその場所がヌチヌチ擦れて、背中にぞくぞく痺れが走るほど気持ちいい。なのに、いつもなら感じる暦のペニスの出っ張ったところ、カリの膨らんだ部分、大好きなその感触が、今は薄い皮膜に覆われていてよくわからない。
「イヤだ、レキそれ取って……とって、あっイイ、あぁん取って、」
「っも、無茶いうなお前はぁ!」
そりゃ俺だって許されるなら生で入れたいけど、そもそもそれがダメだって、いつも必死で抵抗すんのに、付けてあげるって嘘ついて、大丈夫だからって油断させて、いやお前これ逆じゃね?俺が絵に描いたようなクソ男で「ゴムとか付けてらんねーよ」って無理やり入れんならわかるけど(いや駄目だけど)、俺が半泣きで頼んでも中で出すまで許してくれないとか、滅茶苦茶じゃねえかどう考えても。今日はさすがに時間がないから渋々納得してたけど、それもどうなんだ。ああ、あと時間どれくらい残ってるんだろ。出来ればもっとランガ、お前の中に居たい。お前の声を聞きながら、お前がいちばん気持ちよくなれるところを突きまくって、お前の体のいちばん奥で、一滴残らず搾り取られたい。
ゴム越しでもランガの中は変わらず狭くて、キツくて、柔らかかった。いつもみたいなとびきりの刺激はないけれど、抜こうとするたびに厭らしく纏わり付いてくる壁が、突き入れると嬉しそうにきゅんきゅん締め付けてきて、否応なしに射精感が強まっていく。あ、あ、すげ、気持ちイイ……。あともう少しで、という時になって、それまで揺さぶられながら喘いでいたランガが、伸び上がって首筋にぎゅっと抱き着いてきた。そのまま暦の耳もとで、囁くように声を吹き込んだ。
「ね、レキ。今もアレ、使ってる……?」
「は?」
思わず腰の動きを止めて、何だよ急に、と訝しむと、ランガは猫みたいに目を細めて、ちょっと意地悪そうに笑って指差した——自分のベッドの下を。
「!!バッ、そん、だからアレは違うって!たまたま忘れてただけで、もう俺そんな、」
そこで気が付いた。コイツ、さっきの教室でのあれ、やっぱまだ怒ってんのかよ。あれはだって、そういう話すんのがフツーだったから。今までずっとそうだったし、深い意味なんかなくて、何つーか俺にも付き合いってもんがさ。だから違うんだって、いや違わないんだけど……。
「……レキのfap materialは、胸が大きくて、色が白くて、髪の長い女の子。ずっとそうだったんだから、仕方ないってわかってる。レキはもともと、女の子が好きだったんだから」
どこかさみしそうにそんなことを言いながら、ランガは健気にきゅんとナカを締め付けた。でもおれの中、気持ちいいだろ?レキ……。
——好きだよ。そりゃ好きだよ、だって健全な16歳の男子高校生だぜ。柔らかくてふわふわした、キレイで可愛い子が大好きだ。今まで好きになった子もみんなそうだった。デートして手を繋いで、あわよくばキスをして、いつかはエッチしたいなって思ってた。夜のオカズはそんな願望がわかりやすい形になってた。それは本当。オトコの性的嗜好なんて、そうそうすぐには変わらねえよ。
けど今はそうじゃなくて、……そうじゃないってことを、ランガ、お前が誰よりも知ってるくせに。
腕を伸ばして、枕元に投げ出していたスマホを手繰り寄せた。思いがけず敏感なところがゴリ、と擦れて、「あっ!」ランガの中がびくんと痙攣した。さっきさんざん煽られていたせいで、ナカに快感が溜まったままだ。遅れてじりじり火が点いたみたいな、得も言われぬ焦燥感に、腹の奥がうずいて仕方なかった。
「ぁ、レキ動いて、うごいて……」
「見せてやるけど、引くなよ」
え?と首を傾げたランガの目前に、スマホの画面が差し出された。写真の中、アルバムを開いて、画像をスワイプする暦の指が、一つの動画をタップした。ああそっか動画。雑誌や切り抜きだとまたおれに見つかって嫌味言われちゃうもんな。自分で言い出したことなのに、いい気はしなかった。嫌だな、と目を背けようとして間に合わず、再生されたものを視界に入れて、ランガは固まった。
『……出来た!できたよ、レキ!』
『今の良かっただろ?レキ……』
「、なに……?」
出会ったばかりの頃、4月半ばの二人だ。休み時間、放課後、バイト終わり、休みの日も、ずっと一緒だった。毎晩のようにパークで、暗くなるまで特訓してた頃。レキが作ってくれたボードで、レキが教えてくれることを、レキの言うとおりに毎日練習した。いっぱい転んで、傷だらけになって、初めてトリックが成功した時はうれしくて、抱き合って喜んだ。——まだ純粋に友達だった頃の。
「これで30回は抜いた」
スマホが手から転がって、床に落ちた。そんなものもう気にしていられなかった。暦の両腕が背中と、後頭部を抱え込んで、そのまま大きく腰を前後にグラインドさせた。中に納まっていたモノがずるぅっと抜けかけて、そのままの勢いでばつん!と一気に中に押し込まれた。
「ぁあ!」
びくびく痙攣するランガの狭い中を、ばちゅ、ばちゅんと一心不乱に打ち付ける。尻たぶが真っ赤になっててかわいそうだなと思ったけれど、止められなかった。何度目かでぎゅううとナカが収縮して、つられて持って行かれそうになるのを必死で堪えた。
「っランガ、すげぇ締まる、」
気持ちいい。きもちイイ。もっと、もっと奥に入らせてほしい。薄い膜がじゃまして、ランガのふわふわしたナカの感触がわかんねえのが悔しい。
「——!——ッ!!」
腕の中のランガが髪を振り乱して、声も出せずに悶えているのがわかったけれど、顔を見る余裕も、気遣うふりすらできなかった。ぎりぎりまで引き抜いて、めちゃくちゃに突いた。
「ッハ、ハッ、ハァッ、ハーッ」
柔らかな頭頂部に鼻を突っ込んで、ランガの頭皮の匂いを嗅ぎながら、陰嚢が限界まで膨れ上がるのを感じた。ヘンタイかも俺、と思いながら、ますます出鱈目に腰を振って、赤く染まった耳に唇を付けて「出すぞ、」と中に吹き込んだ。腰を嫌というほどぴったり押し付けて、ひゅっと息を飲んで思い切りいきんだ時、声も絶え絶えにランガが喘いだ。
「あっぁっあっレキ、レキ、おれの、中にだして……」
「だから、無茶、言うなってば……!!」
射精はいつもより長く続いた。勢いがなかなか止まらず、びゅる、と最後の一滴まで吐き出した時には息が切れていた。はぁ~っと大きな息を吐いてから、ずるん、と萎えた性器を抜き出すと、精子溜まりにちょっと引く量が詰まっていた。零れないようにきゅっと口を縛ると、脚を開いたままのランガが、たっぷり膨れたゴムを見詰めて「ぁ、すご……」とトロンとした目で声を漏らした。腹の上がどろどろに濡れていて、ランガの方もこの間にしっかりイッていたらしかった。そんなことにも気付けないくらいには夢中になっていた。
「、気持ちよかったか?」
「ン……すッごい、よかった……」
ランガの上に覆い被さって、涎でべちょべちょになった唇にキスをした。粘つく舌がねとねとに絡んで、唾液をほとんど飲み込むようなキスは、酸欠になるくらい長いあいだ続いた。濡れた唇を何度も引っ付けて、ランガはなかなか離れようとしなかった。
「……なに笑ってんだよ」
普通ドン引くとこじゃねえの?しつこいキスの途中で呆れたように言うと、ランガは真っ赤に腫れた唇の両端を吊り上げて、
「うれしくて」
とまた笑った。
シャツ脱いでてよかったな、と射精後の少しだけクリアになった頭で考えながら、アレまみれの腹をティッシュで大雑把に拭き取って、濡らしたタオルでランガの体を拭ってやると、そこでピピピピピ!と大音量でアラームが鳴った。タイムリミットだ。ボトムを引き上げてシャツを羽織って、窓を開けて換気したところで、振り向いた暦が言いかけた。
「なあ、ランガお前はさ——」
ガチャン!と玄関の扉が開く音がして、続けて「もう、何ー?こんなに散らかして!」という呆れた声が聞こえた。二人は思わず顔を見合わせて、肩をすくめて笑った。
風呂から上がって髪を拭いながら部屋に戻ると、スマホに通知が届いていた。
【体だいじょうぶか?】
ふふっと笑って返信すると、すぐにポコン!とホッとした顔の狛犬のスタンプが送られてきた。——このスタンプ可愛いな。赤い狛犬、ちょっとレキに似てるかも。
【いっぱい気持ちよくしてくれてありがと】
しばらく沈黙があって、それからポコン!と後ろを向いた狛犬のスタンプが送られてきた。直後に【こっちこそ!おやすみ!】と無理やり会話を終わらせるメッセージが続いた。ランガは思わず噴き出して、おやすみ、とだけ返した。
スマホを閉じようとして、そこでアプリを一つ立ち上げたままだったことを思い出した。画面を開いて確認する。
「新規ボイス」と表示されたそれをタップすると、ザーザーという雑音に混じって、少し聞き取りにくい音声が再生された。
『……ハァ、ハッ、ハーッ……ランガ、すげぇ締まる、』
『レキ……レキ、』
『やべぇ気持ちいい、あーイく、イく、出すぞ、』
『あっぁっあっレキ、レキ、おれの中に出して……』
『だから無茶、言うなってば——、ぅ、——』
最後は尻切れで終わっていたが、無料アプリにしてはまずまずかな、と思いながら、音声を保存した。レコーダーに保存された音声は、これで三つ目になった。
クラスメイトからの質問を遮った暦は、昔の話をあまり聞きたくないように見えた。けれどやっぱり気になるのか、さっきも遠慮がちに聞きかけてきた。何でも、聞きたいこと聞いてくれていいのに。なんでも話すのに。おれはレキに隠しごとなんてしない。ほんとだよ。
ベッドに仰向けに横になる。まだ暦の匂いが残るシーツの上で、スウェットにゆっくり手をかけた。
音声を再生する。
『……ランガ……』
はぁ、と熱い息が漏れた。あんなにたくさん愛してもらって、気持ちよくしてもらって、まだ足りないなんて、おれって厭らしいのかな。こんなの、どうかしてるんだろうか。ごめんねレキ、でも。
「……ぁっ」
どこもかしこも柔らかくてかわいい、理想の女の子にはなれないけど。
でも、いつだっておまえのために体を開いてあげるから。おれの体のいちばん柔らかいところに、いちばん深いところまで、入れてあげるから。だからお願いだ、もうよそ見しないで。おれのことだけ見て。おれのことずっと好きでいて。
「大好きだよ、レキ」