たとえばこの先、色々……そりゃいろいろあるだろうけど、結局はずっと好きなまんまでさ。卒業しても大人になってもずっと一緒に居たいって思ったら、け、け、結婚とか?したりするかもなんつってさ。いや冗談とかじゃなくて、今はまだ無理だけど、いつかはそうなれたらいいなって思うじゃんか。一日じゅうスケートして、いっぱい笑って、たまにはケンカもして、夜は一緒に眠って、朝起きたら隣に好きな人が寝てて、目ぇ覚めていちばん最初におはようって言うんだ。そういうの、いいよなぁ。交代で朝メシつくってさ。俺こう見えてたまご焼き得意なんだぜ。具がいっぱい入ってんの。でも、あいつのシンプルなオムレツも好きだな。ああなんか、思い出したらスゲー食いたくなってきた……。
いい匂いで目が覚めた。嗅覚から幸せを感じる朝はたいてい良いものだ。夢の内容は忘れたけど、なんとなく楽しかったことだけは覚えている。くぁ、と一つ大きなあくびをしてからベッドを降りて、ぐーっとおもいっきり伸びをする。カーテンの隙間から、朝の光がきらきら差し込んでいる。やたらすっきりしてて体が軽い。絶好調だ。こんな日は朝からボードに乗ったらサイコーだな、なんて考えながら、寝起きのぼさぼさ頭のまま部屋を出て、ぼりぼり腹を掻きながら廊下を裸足でぺたぺた歩いて、顔を洗う前に台所を覗いた。「かーさん、朝メシ何……」
「おはようダーリン。もうすぐオムレツ焼けるから、座って待ってて」
引き戸のレールにけっ躓いて、おもいっきりすっ転んだ。
「ランガくんありがとうね~みんなの分も焼いてくれて!助かっちゃうわぁ」
「いえ、このくらい。でもおれ、卵が24個入ってる冷蔵庫初めて見ました」
「アハ、ほらうち大家族だから!育ち盛りのチビちゃん二匹と、食べ盛りの中学生と、万年大喰らいが一匹いるしね。ほんと図体ばっか育っちゃって……あら暦いたの?そんなとこで転がってないで、早く顔洗ってきなさい」
蛙みたいな恰好で倒れた息子にぞんざいな声をかけると、母親は味噌汁の椀が七つ乗った盆を抱えてさっさと行ってしまった。居間から下の妹たちが「オムオム!」「ガンガのオムオム!」とはしゃぐ声が聞こえてくる。
「レキ大丈夫?」
「、オゥ……」
床で顔面を強打しつつもなんとか立ち上がると、母親のエプロンを付けたランガがオムレツをフライパンから皿に滑らせているところだった。オーバーサイズのエプロンのちょっとゆるい結び目が、却ってほそい腰を際立たせている。
「レキのは最後に焼いたんだ。あったかいうちに食べてほしくて。顔洗ってきなよ、一緒に食べよ」
「……おぅ」
まだよく事態が飲み込めないままとりあえず頷くと、そこでランガがこちらを見て首を傾げた。
「もしかしてまだ寝惚けてる?ごめん、夕べおれがいっぱいオネダリしたから……」
そこで一気に昨夜の記憶がよみがえってきた。
ガレージでの作業に夢中になって、部屋で話し込んでるうちに晩メシの時間になって、今日はおばさんが遅くなるからってウチで食べて、お風呂わいたから暦とランガくん先に入っちゃいなさいってかーさんに言われて、そしたら後はもう寝るだけで、制服もかばんもあるし、泊まっていくことは珍しくもなかった。何なら(前の泊まりの時に置きっぱなしの)着替えとか私服もあるし。ベッドの下に敷かれた布団に寝転ぶだけで、ランガはなんだか嬉しそうだった。電気の消えた俺の部屋で、夜中までぼそぼそ話をするのは楽しかった。たまに母さんが双子をトイレに連れて行く声が聞こえたり、たまに遅く帰ってきた父さんが玄関を開ける音が聞こえたり、この家は色んなものが筒抜けだから、うるさくて落ち着かないだろって言ったら、ランガは首を横に振った。
「おれはレキがおばさんや妹ちゃんたちに見せる顔が好きだし、レキの家のやわらかくてあったかい空気も大好きだ。だからレキの家で過ごすの、すごくうれしいし、すっごく楽しい」
そっち行っていい?って聞かれたのは、夜中の1時を過ぎた頃だった。
「ダメ?」
「……じゃねーけど」
ちょっと迷って布団を持ち上げてやると、うれしそうに潜り込んできた。
「ふふ、すっごいレキの匂いする」
「そりゃ、そーだろー……」
狭いベッドの中で、お行儀よく並んで眠るだけなんてことがある筈もなくて、最初からランガは脚を絡めてきたし、俺もすぐに腕を伸ばして抱き締めた。耳の後ろに鼻を埋めて匂いを嗅ぎながら、ランガの髪先から俺と同じシャンプーの香りがすることに、どうしようもなく興奮した。
「……レキ、背中、触ってもいい?」
後がつかえてるから15分で出てねってかーさんに言われて、短すぎるだろ!って笑いながら一緒に風呂に入って、シャワーを頭から浴びてる時、肩から背中に広がる傷を見てランガが「まだ痛む?」って尋ねてきた。
「ぜんぜん!」
勲章みたいなもんだろ?って答えるとちょっと笑って、でもすぐにその表情が歪んだ。初め赤黒かった傷はいま青黒く変色していて、見てる方が痛々しいんだって。そういえばミヤは「背中に傷痕が残ったらどうしよう」って泣いてたな。いやいや女の子じゃねーんだからって笑ったら「馬鹿!」って怒鳴られてしまった。ふん!とそっぽを向いて走ってく尻尾を呆けたまんま見てたら、ジョーが「お前はそんな顔して、意外と罪な男だな」ってしみじみ呆れてたっけ。
「いーぜ。腕こっち、回して」
「ん……」
恐るおそる回された腕が、ゆっくり、殊更やさしく背中を撫でるのが気持ちよくて、少しだけもどかしい。俺はランガがいちばん気持ち良くなってる時に、無意識に背中を引っ掻いてくるのが実はけっこう好きだから。でも今日は当然そんなこと出来なくて、できないってわかってるからこそ余計に。
「ね、キスしていい……?」
いつもならいちいち聞いたりしないで好きな時にぶちかましてくる癖に、俺の部屋でランガはいつもより慎重というか、別人みたいに遠慮がちになる。バレたらやばいっていうのは勿論、この家で過ごすとなんとなく神聖な気持ちになるんだとか何とか。クリスチャンがシーサー見てどう思うのかなんて、俺にはわかんねーけど。
まっ白いランガの肌は暗闇でもよく映えて、頬っぺたを包んで上向かせて軽くキスしたら、伸び上がって首筋にぎゅっと抱き付いてきた。口を開けたらすぐに舌が絡み付いてきたから、俺んちの歯磨き粉の味がする口の中をまさぐって、たまに唇を噛んで引っ張って、お互いの歯の表面のつるつるした感触を確かめるみたいにべろべろ舐めて、零れたよだれもついでに飲み込んで、……神聖って、なんだっけ。
「ぁヤバい、」
「んん、ぉれも……」
思い出すとじわじわ体が熱くなってきて、目の前で心配そうにこっちを見詰めてくるランガの、シャツで隠れた鎖骨の下、その場所に無理やり付けた独占欲のしるしを、どうしても触って確かめたくなって手を伸ばした。
「、ランガ……」
「おにーちゃんランガくん、おみそ汁冷めちゃうよ!」
月日の声でハッと我に返って、暦はぶんぶんと頭を振った。朝っぱらからなに考えてんだ俺は!
「か、顔洗ってくる!」
どすどす大股で走り去った暦の背中を見送って、ランガは湯気をたてるオムレツの皿を二枚、それから箸とフォークを小さめの盆に乗せて、二間続きの賑やかな居間に足を踏み入れた。真新しい畳の匂いがする。喜屋武家での自分の定位置に腰を下ろすと、双子たちが「ガンガ、オムオムにお花かいて」「きめつのお顔かいて」とねだってきた。言われるままにケチャップでお絵描きしてやりながら、ふと昨夜のことを思い返した。そういえば匂いは記憶を呼び起こすって、誰かが言ってたっけ……。
レキの部屋の畳の匂い。塗装用のスプレーと木材の匂い。庭に咲いてるハイビスカスの匂い。樹脂ボンドと鉄の匂い。ほんの少しの整髪料の匂い。好きな人を構成する匂いは、その人の生活と直結している。いろんなものが筒抜けのこの家で、誰にも知られないように布団に潜ってキスする時の、籠もった空気の匂いもそうだ。賑やかで開放的なこの家で、おれと過ごす時にだけ生まれる、誰にも内緒の罪悪感。やさしい彼が纏う雰囲気が一転して、男になる瞬間、背中に痺れが走るみたいな。
ぴったりくっ付いて夢中でキスしてるうちに、レキのスウェットの前が張ってくるのがわかった。ああ、もうくっきり形がわかる。コレを後ろに入れて貰えたら、きっとすごく気持ちいい。でも駄目だ、いつ誰が入ってくるかも知れないレキの部屋で、そんなこと……あ、でも、でも。
濡れた唇がほんの少し離れても、とろんと伸びた唾液の糸はまだくっ付いてて、息がかかるくらい近くにあるレキの顔、その目がまるきり「したい」って言ってるみたいにぎらぎらしてた。駄目だって思う気持ちと、レキが望んでくれさえしたらすぐにいいよって答えるのに、っていうずるい考えが頭の中をぐるぐるして、おれはレキがおれと同んなじ気持ちであることをひたすら願ってた。
「、声ガマンできるか……?」
とうとうレキが絞り出した小さな呟きに、おれは歓喜の心でもって頷いた。
「うん……♥」
装着してる最中ずっと、レキはおれの口元を凝視していた。頭から布団を被った状態で、上を向いたレキのペニスの鬼頭にキスして、やさしく咥えるみたいにしてゆっくりゴムを下ろしていく。本当はblow job(フェラチオ)したかったけどそれはダメって言われたから、代わりに口で着けさせてもらった。唇でスライドさせたゴムが根元までフィットした時、頭の上でレキが小さく呻いた。――ああ、レキ可愛い。びくびく震えるレキのdickにむしゃぶり付いて、口の中で好きなだけ舐め回したい衝動を抑えて、もういちど名残を惜しむようにゴム越しの先端にキスしてから、ジェルでべとついた唇を離した。
「……なんか、手慣れてんな」
顔を上げると、ちょっと不機嫌な顔でこちらを見下ろしているレキと目が合った。
「お前いつ覚えたんだよ、こんなの」
「?前に一緒に見たporn videoでナースの格好した女の子が」
正直に答えると、途端にレキが「あーーー!!!」と焦ったような声を上げた。
「レキ、こえ大きい」
『ッあれは、お前が勝手に!』
部屋で待ってる間になんとなく開けた机の引き出しの三段目、レンチとかドライバーとかニッパーなんかがごちゃごちゃに入ってる箱の奥からエッチなDVDが出てきて、戻ってきたレキに「これ見たい」って言ったらヘンな声を上げた。俺の手から必死で取り返そうとしたから、「お互いの性的嗜好を把握しておくのは大事なことだよ」って説得して、そのあと俺の家で一緒に見た。レキは終始「マジ勘弁してくれ……」ってうな垂れてたけど、おれは割りと真剣に鑑賞した。使える技はぜんぶ盗もうと思ったから。見終わってから「おれの母さんナースだけど、さすがにcosplayは難しいと思う」って真面目に言ったらおもいっきり頭叩かれたけど。
おれも着けた方がいいの?って聞いたら「お前たまにスゲー飛ばすから」って言われてちょっと恥ずかしかった。今日は後ろからだなって思って膝をついてお尻を上げたら、ぐっと腰を掴まれて、いきなり太股の間に硬いものを差し込まれた。
「、え?」
熱くて硬いレキのペニスが、許可もなく太ももの隙間を前後に出入りし始めて、おれは咄嗟に後ろを振り返った。
「ヤだ、なんで、レキ、」
「ここで入れる訳、ねーだろ……!」
ぬ、ぬ”っ、っていう厭らしい音と同時に脚の間から突き出た先端が、抜き差しするたび自分のと当たって擦れる。気持ちいいけど、期待してたのはこんなんじゃなくて、欲しいのはそこじゃなくて、なのに体は貪欲に快感を拾って、否が応でも反応してしまう。
「ッランガ、も、ちょっと足、締めて」
「う、嘘つき……!」
嘘なんか吐いてねーよ、って声にぶんぶん首を振りながら、大好きなレキのお願いに逆らえる筈もなくて、思いとは裏腹に下半身にいっぱい力を込めて、太腿の筋肉でぎゅううと締め付けた。
「ぅ、キちィ、」
ぱつん、ぱちゅん、後ろからまるでナカに挿入してる時みたいな音がして、性器同士が不規則にぺちぺちぶつかる。差し込むたび太股がぬるぬる擦れて、腰を引くたび濡れた先っぽが後ろを掠めて、あともう少しで入りそうなのに、入り口に引っ掛かるだけで行ってしまう。期待でひくひくしてる穴がせつなく何度も収縮しているのにもお構いなしで、ぬちゃぬちゃと卑猥な音だけが空しく響いた。ベッドの上で腰を高く上げた状態のまま、挿入もされてないのに興奮している自分に気が付いて、ランガは混乱した。
「こんなの嫌だ、入れて、レキ、いれて」
「だから無茶ゆーな、ってぇ……!」
知らず腰が揺れて、充たされずに渇いた奥がじんじん疼く。ぱんぱんに膨らんだ袋が何度も太股にぶつかって、暦の興奮具合と、溜まった精子の量、もう爆発寸前なことまで、手に取るように全部わかった。
――これが欲しいのに。レキが欲しいのに。おれのナカで全部、ぜんぶ、出してほしいのに。
「ッ出る、」
「!ぁ――」
びゅる、びゅっ、勢いよく射精したものが、すぐに無機質な膜に受け止められる。暦は目を瞑ったまま歯を食い縛って、ふっと脱力した。気持ちよかったのは一瞬で、狭くてあたたかい場所に包み込まれる心地よさを知ってしまった今は、どうしたって物足りなさを感じてしまう。それでも幾らかは収まった衝動にゆっくり目を開けると、後ろから抱き込む形になっていたランガがシーツに突っ伏したまま、はぁはぁ肩で息をしていた。だらりと弛緩した脚の間から性器を引き抜いてゴムを外してから、腕を回してランガの方もくるりと指を滑らせて外してやると、先端に溜まった少量の精液がたぷんと揺れた。
「、ティッシュ……」
ベッド脇のケースを手繰り寄せて、二人分の使用済みコンドームを何重にも包んでゴミ箱に投げ入れる。明日は可燃ごみの日だから、朝のうちに玄関に纏められたゴミ袋に突っ込んでしまおう。一人でした後始末のかたまりも、いつもそうやって処理している。女家系の男はこういう時、何かと気を遣うのだ。
「ランガ、サンキュな。スゲー気持ちよかった……」
言いながらランガの顔を覗き込んで、暦はそのままぎくりと固まった。
「……レキ」
真っ赤になったランガの顔、目にはまだ大粒の涙が溜まっていて、きらきら……どころかぎらぎら燃えていた。興奮状態でらんらんと輝く瞳が、真正面から暦を見据えた。
「こんなんじゃおれ、満足できない。責任とってちゃんと最後まで、シて」
ランガはそう言うと半裸のまま、ベッドの上で四つん這いになってじりじり暦に迫った。
「さ、最後までって……、だから俺んちじゃ無理だって、」
暦はたじたじで、腰で這うようにずりずり後ずさった。ランガの目が怖い。なまじっかもの凄い美人な分、迫力がすごい。逃げようとしたところで狭いベッドの上、すぐに背中が壁にぶつかった。
「だってさっきの、ほとんどセックスだ。なのにあんな意地悪するなんて、ひどい」
「っい、意地悪なんか、俺」
ランガのほそい指が伸びてきて、暦のいまだ萎えずに半勃ちのペニスを下からきゅっと掴んだ。あヤバい、と思ったその時にはもう、綺麗な顔に似つかわしからぬ大きな口があんぐと開いて、根元までぱっくり咥え込まれていた。
「ぅあ、!」
口の端からこぼれるくらいたっぷりの唾液が絡んで、じゅぽじゅぽ厭らしい音を立てて吸い付かれる。ふにっとした柔らかい唇と、ぬるぬるの舌、あったかい口の中でワザと緩急をつけて締めたり緩めたり、挙句に喉の奥できゅっと締め上げられて、もはや抗うすべもなかった。
「、らンガ、出る、っでる」
不意に顔を上げたランガが、焦る暦の顔をじっと見詰めながら、どろどろに濡れた真っ赤な唇でペニスの裏筋にちゅぱっと吸い付いて、舌全体でべろぉ~と舐め上げた。その表情があんまりエロくて、死ぬほど気持ちよくて、このままランガの口の中でおもいっきり出したい、と思った瞬間、無慈悲にもちゅぽんと引き抜かれてしまった。
「ぁ、な、何で、」
腹に付くほど反り返った暦のペニスの先からは、我慢できない汁がぷくりと滲み出していた。――入れたい。ぐちょぐちょにぬかるんだ気持ちいい場所に挿れたい。ざらざらの壁にバキバキのちんこ擦り付けて、狭くてキツイ奥の奥まで、無理やり入り込んできゅうきゅうに搾り取られてぶち撒けたい。――今すぐランガの中に入りたい!
「レキ」
ハ、ハッ、短く途切れた荒い息を吐きながら、視線を上げるとランガが「べ、」と舌を突き出した。真っ赤な舌の真ん中に、よだれまみれのゴムが乗っていた。
「自分で着ける?それとも……おれに着けて欲しい?」
そう言ってにっこり笑ったランガを見て、暦はその場にへなへなと崩れ落ち、もろ手を挙げて降参した。
「……着けて。そんで、頼むから入れさせて、ください……」
ベッドが軋む音がもうどうしても誤魔化せなくなって、我を忘れて夢中で腰を振ってるレキの耳もとで「そんなおっきな音たてたら、誰か起きてきちゃうよ」って囁いたら、ナカに入ったまま腕を引っ張られて、床に敷かれた布団の上にふたりで転がり落ちた。
「あっ♥」
思わず声が出て、咄嗟に口を手のひらで塞がれて、そのまま床の上で第3ラウンドに突入した。繋がった場所からぐっぽぐっぽ、ぬかるみに長靴で踏み込んだみたいなひどい音がする。今夜はずっと後ろからだけかなって思ってたら、床に転がったついでに上に乗っかられて、そのまま仰向けになって対面でセックスした。深夜2時すぎ、もうさすがに誰も起きてこないからってちょっと心配になるくらい開き直ったレキは、おれのお願いぜんぶ聞いてくれて、おれが喜ぶこといっぱいしてくれた。
「あ、ぁ、レキ、背中、痛くない……?」
「、ヘーキ、だって……!」
目を瞑って一心不乱にずんずん突いてくるレキの、傷だらけの背中に爪だけは立てないように必死で縋り付いて、上下にがくがく揺さぶられながら、肩越しに天井を見た。ぼやけた視界、定まらない視点、レキの汗の匂い。どうしよう、すっごい、気持ちイイ……。この部屋で最後までしたのはこれが初めてで、おれは漏れそうになる声を懸命に抑えながら、何とも言えない幸福感で充たされていた。……どうしよう、これから。レキの部屋では極力エッチな気分にならないように、二人とも敢えてそんな雰囲気を避けてたのに。明日からはいくらでも思い出してしまう。この部屋で、レキのベッドで、床の上で、いっぱい、いっぱい……。ニヤつく顔を隠しきれないおれを見て、レキが呆れたように笑った。
「ランガお前って、ほんとスケベで……可愛いな」
三度目のフィニッシュ直前で、イく寸前だったおれの口をレキが押さえて、そのままぴたりと動きを止めた。みし、ミシ……、って廊下から足音がして一瞬ドキっとしたけど、レキが「ばーちゃんだ」ってつぶやいたのを聞いてホッと息を吐いた。なんでも毎晩、決まった時間に台所と自室を往復するんだって。ばーちゃんは絶対に他の部屋覗いたりしないから大丈夫って言いながら、レキはずっと耳を澄ませてた。そのうち足音が遠ざかって、パタン、と襖が閉まる小さな音を確かめてから、ふーっと溜め息をついたレキが安心したように言った。
「途中で転んだりしたら大変だろ。だから、起きてる時は気を付けるようにしてるんだ」
おれはもう堪らなくなって、伸び上がってレキの顔じゅうにおもいっきりキスした。
「レキ大好き。好き、すき、だいすき!」
「……おい」
はっと我に返ると、いつの間にか隣に座っていた暦がじとりとこちらに視線を寄越した。色んなことを思い出していた所為でずいぶん時間が経ったような気がしていたけれど、実際には暦が顔を洗って戻ってくるまでの、ほんの僅かな時間でしかなかった。
なに?と首を傾けて尋ねると、暦はちょっと困ったような顔で眉をひそめて「ヤらしい顔すんな」とボソッと呟いた。心なしか耳が赤い。どうやら二人して同じことを思い出していたらしかった。
「してない。レキのエッチ」
「っおま、誰が!」
わーん!と隣で声がした。見れば双子の妹たちが、皿の上のオムレツを指差して泣いていた。
「ナナカのオムオムしんだ!こわい!」
「ちひろのオムオムおばけ!こわい!」
視線の先のオムレツの上には、赤いケチャップとマヨネーズがぐちゃぐちゃに混ざり合った、猟奇的な世界が広がっていた。
「……なにこれ?」
「オハナとハメツのカオ描いてって言われたから。チューリップとシャドウの似顔絵」
「いやいやいやいや」
出がけに思い出して、ゴミを回収しにいちど自室へ戻った。割りとヤバい量の丸めたティッシュペーパーをさらにぐるぐる巻きに包んで、台所から持ってきたビニール袋に入れてきっちり縛った。後ろから付いてきたランガが「ゴミ出しもレキの当番にすればいいんだよ」となかなか建設的な証拠隠滅方法を提案してきたので、採用することにした。
開けっ放しだった窓を閉める時、庭のハイビスカスの香りがした。なんだか久しぶりに嗅いだような気がする。部屋を出る前にランガの肩を抱き寄せて、チュッと音を立てて軽くキスしたら、子猫が甘えるように鼻先を肩に擦り付けてきた。
「なあ」
玄関先でボードを足で転がしながら暦が言った。
「なに?」
門までお見送りにきた双子に行ってきます、と手を振ってから、ランガが振り向いた。かばんの中には念願の手作り弁当が入っていた。作りたてでまだ温かくて、食欲をそそる匂いがする。暦の家の味。今朝は思いがけずそこに自分が混じって、くすぐったい心地がした。オムレツの見た目はともかく味はおおむね好評で、ぐすぐす鼻を啜りながら完食したチビたちに「ガンガまたオムオムつくって!」とせがまれて、照れつつも素直に嬉しかった。「なんにもお絵かかないでいいよ!」という言葉には首を傾げたが。
「スゲー美味かったぜ」
ランガは一瞬きょとんとして、それからすぐに破顔した。また同じことを考えていたらしい。
「また作ってくれよ」
「いいよ。いつでも」
ぽーんとゴミ袋を片手で投げて、指定の場所に危なっかしく着地させてから、ボードに足を掛けた。後ろから母親が「暦!あんたはそーやっていっつも物を投げるんだから!」と怒鳴る声が聞こえて、暦は「ヤベっ見られてた」と頭を掻いた。いつもの待ち合わせ場所までは少し距離がある。公道を抜けてから、並んでゆっくり滑り出した。
「今日はどのコースにする?」
「トゥビイチャー、行ってみたい」
ちょっと難易度の高いルートを提案すると、暦は「チャレンジャー!」と笑って頷いた。
スタート地点の 丁字路が近付いてきて、少しだけスピードを出そうとランガが身構えた時、なあ、とまた横から話しかけてきた。
「まだ二年だし、どうなるかわかんねーけど」
分岐点だ。体勢を整えて、その日の合図と同時に二人でおもいきり滑り出す。今日の日替わりスタートは、ガードレールの上の雀が飛び立ったら。羽を広げた瞬間、隣で小さくつぶやかれた言葉を、ランガは聞き逃さなかった。
「卒業したら、一緒に暮らそうぜ」
返事を待たずに勢いよく滑り出した背中を、ひと呼吸だけ遅れて追いかけた。