*First Love

君を特別に想ってるって、言われたことある。

バンクーバーに住んでいた頃、そういうのは珍しくもなくて、多民族都市だったからかな?おれの通ってたハイスクールにもすごくたくさんの人が居て、皆オープンだった。ゲイカップルが手を繋いでたりなんか当たり前で、歩きながらキスしてる光景もよく見た。男と女、男と男、女と女、そんなカップルがたくさん居たから、それを特殊なことだとは思わなかった。
ひとつ歳上の友人だった彼がおれに対してストレートにそんな言葉を寄越した時も、驚きこそしたけど嫌悪感はなかった。何となくそんな気はしていたし、そういうものだと思っていたから。だからあまり深く考えずにサンキュー、って頷いた。彼を特別に好きだった訳ではなかったけど、拒絶するほど嫌いでもなかったから。彼はすごく喜んで、おれの腰を抱いて撫で回しながら耳元で囁いた。
「君はとてもセクシーだ」
そのままカフェの裏の倉庫に連れ込まれて、勢いよく壁に背中を押し付けられて耳から首筋を舐められたところでようやくちょっと嫌だな、と思った。だから「ソーリー、まだそんな気になれない」って言ったけど聞いてくれなくて、彼はズボンの前を腫らしておれにキスを迫ってきた。咄嗟に顔を背けて拒否すると、舌打ちしながらボトムを下げて、テントを張ったソレを剥き出しにしてこう言った。
「そのキュートな唇で可愛がってよ」
赤黒くて、細長くて、先端から我慢できないアレが漏れてて、はっきり言ってめちゃくちゃ気持ち悪かった。嫌だ、って言ったら無理やり顎を掴んで咥えさせようとしてきたから、腕を振り払って走って逃げた。彼が何か叫んでたけど、とにかくその場を離れたくて一度も振り返らず走った。彼とはそれきり。

――こんな経験、レキには言えない。

あの悪夢みたいなSの後、利き腕と左脚を骨折したレキは暫くまともに起き上がることも出来なかった。全身を強打した上に額がぱっくり割れて、何重にも巻いた包帯にかわいそうなくらい血が滲んでいた。血を見ることは苦手なはずなのに、おれはレキのそばを離れることの方が怖かった。
「まるでランガくんの方が怪我人みたい」
レキの部屋のベッドの傍で、石みたいに固まって座り込んでいるおれに、おばさんが笑って声をかけた。
「でもありがとうね。そんなに心配してくれる友達がいて、暦は幸せだわ」

レキは時どき目を覚まして、痛ぇ、とか畜生、とか呻いて、また眠るのを繰り返していた。それから何時間か眠ってふと目を覚ました時、傍にいるおれを見つけて心底驚いた声を出した。
「……、なんで居んの?」

学校帰りにレキの家に通うようになって3日目、いつものように迎え入れてくれたおばさんが、すまなそうな顔をしておれに言った。
「明日からシーミー(お墓参り)があって、親戚の家に手伝いに行かなきゃならないの。ランガくん、申し訳ないんだけど今日、もし大丈夫なら泊まっていってくれない?あの子、夜中にガレージに行こうとして毎晩ベッドから落ちるのよ。こんなんじゃいつまで経っても治りゃしない」
おれで良ければ、と返事をして、レキの着替えと薬の在り処、風呂の場所とタオルの引き出しを教えてもらった。母さんには電話で事情を話して、おばさんにおれの分まで用意してくれた晩メシのお礼を言って、玄関で見送った。レキの小さい妹たちは「ばいばい」と手を振って、名残惜しそうに何度も振り返っていた。

「おばさん出かけてるから。レキ、おれが帰ったあといつも無茶してたんだってな」
ぐ、と出しかけた声を飲み込んで、暦は拗ねたようにそっぽを向いた。
「……偉そうに啖呵切っといて、あんな無様な負け方して。この上お前まで危険な目に、合わせたくねえ」
ランガは驚いて目を見開いた。――だから、夜中に抜け出そうとしてたのか。ガレージに置いてあるおれのボードを改良して、少しでも強化するために?馬鹿だな、レキ。おれはおまえが作ってくれたあのボードがあれば、誰にも負けないのに。
「おれは大丈夫だから、レキ、ちゃんと休んで。早く治して、また一緒に滑ろう」
ごめんな、と小さな声がした。謝られる理由が一つもなかったので、聞こえないふりをした。

唸り声で目が覚めた。
「……レキ?」
ベッドの上で仰向けに横になっていたはずの暦が、うつ伏せで床に落ちていた。折れてない方の腕で必死に床の上を這いつくばって、奥歯を噛み締めてぜいぜい息を荒げながら、なんとか部屋から這い出そうとする暦がまるきり犬か、猫みたいに片足で床を蹴ったのを見て、ランガは叫んだ。
「っ馬鹿レキ!」
真上から覆い被さるようにして、羽交い締めにする形で制止した。折れた腕と脚に触らないように、慎重に。
「ちっくしょう……」
藻掻く暦を抱きかかえて、ベッドに戻そうと体勢を入れ替えたところで、ふと気付いた。暦の寝間着のハーフパンツの前が張っていた。「……あ」
勃ってる。
興奮してるんだ、レキ。
仰向けに寝かせるとそれはますます顕著で、視線に気付いた暦がいかにもばつの悪そうな顔をした。
「、悪ィ。利き腕こんなだし、風呂も手伝って貰わなきゃだし、誰かしらしょっちゅう部屋に入ってくるから、……ここんとこ出来てなくて」
ほっといたらそのうち収まるから、と居た堪れなくなって視線を逸らした暦は、そこでベッドが自分以外の体重の重みでギシ、と軋む音を聞いた。
「……ランガ?」
ベッド脇に乗り上げた友人は、どこか思い詰めた目をしていた。彼は視線をそこにじっと縫い付けたまましばらく押し黙っていたが、やがてゆっくりと口を開いた。
「それじゃ、つらいだろ」
一瞬、何が起こったのか理解が遅れた。気が付いたらハーフパンツと下着をずらされて、伸びてきたほそい指に半勃ちのソレを優しく握られていた。
「!?ッ何して、」
「おれがしてあげる」
言いながら、ランガの指は触れるか触れないかの柔らかいフェザータッチで、指の先でくすぐるみたいに、全体をごく弱い力でゆっくり撫で始めた。
「っあ、」
「……教えて、レキ。どんなふうにしたら気持ちいい?」
どんなって、どんなって!何言ってんだお前、つーか何やってんだよ!悪い冗談よせよ、こんな時にからかうのもいい加減にしろよ!頭の中ではそんなことを叫んでみるものの、初めて経験する他人の手のひらの感触に、その気持ちよさに暦は震えた。ここ数日は排泄以外の目的で触れることもなかったモノが、たちまちびくびくと反応するのがわかった。腕も脚もろくに動かせず、体のあちこちの痛みは相変わらずで、なのにソコだけが火が付いたように熱い。ヤバい、絶対やばいって、だってこんなの。
「おれのやり方でいい?」
お前のやり方、って何……?
「ぅ、あ」
裏筋を指の腹で柔らかく刺激されて、その快感の大きさに驚いて思わず声が出た。みるみる血管が浮き出てくるのがわかる。――ランガお前、いつもこんなふうに触ってんの?そんなキレーな顔してるくせに、お前、お前がどんな……ア、やばい、やばいもう、出る……。
ペニスの先端にまるい、透明な液体がぷくりと溢れるのを見て、ランガは不思議な感動を覚えた。……ああレキ、気持ちいいんだ。
ふと、いつかの苦い記憶が頭を過ぎった。興奮した男の性器はおぞましくて、口元に突き出されたモノが気持ち悪くて、時間差で襲ってきた恐怖と不快感で家に帰って思いきり吐いた。男同士なんて二度とごめんだと思った。なのに今、暦の硬くて熱い、びくびく震えるペニスを指で優しく擦りながら、あの時とはまるで違う感情が頭の中を占めている。
――どうしてレキのは、こんなにも愛おしいんだろう。
気付けば舌先を伸ばして、ぺろ、と先端を舐めていた。暦の許可を得てないことに少しだけ罪悪感はあったけれど、そんなものはすぐに忘れてしまった。
「しょっぱい……」
暦はと言えば、衝撃が過ぎて声も出せなかった。何したお前、今、俺の?なんで?けれどもはや暴発寸前、頭の中はぐちゃぐちゃで、出したい本能と、駄目だという理性が必死で闘っていた。ランガのうすい唇から、赤い舌がちろちろ覗いている。それは先端を舐めただけでは終わらず、カサを舌先で突ついて、緩く唇で挟んで引っ張った。なけなしの努力を嘲笑うみたいに、カリの膨らんだ部分を指で撫でられながらぐるりと円を描くように舐められて、それでもうひとたまりもなかった。
「、ごめ、!ッア、ぁ……」
ビュッ!と勢いよく吐き出した精液が、白い頬をびしゃりと打って汚した。濃くて重たいそれは、どろりと顎を伝って落ちた。
「……」
頬を伝うぬるい液体を拭うこともしないで、ぜんぶ受け止めたかったのにな、とランガは少しだけ残念に思った。舐めるんじゃなくて、ぜんぶ口に入れてしまえば良かった。そしたらそのまま、レキが出したものを喉の奥まで飲み込めたのに。
経験があるはずもない下手くそなオーラルは、ほとんど衝動的なものだった。暦の荒い呼吸はまだ整わない。何が起こったのか、頭が追い付いていないのだ。こんなことをしても、意味なんてないのかもしれない。でも。
……夜も眠れないくらい昂ぶった感情を、鎮めてやりたかった。動けない体で這い出さずにいられないほど、ぼろぼろに傷付いた心を、自尊心を、プライドを。ほんの少しでも慰めてあげたかったのに。おまえのためなら何だってしてやりたいのに。
どうしてそんなふうに思うのか、彼に対するこの感情を何と呼ぶのか、なんとなくもう、わかっていた。
「、レキ」
いちど吐き出したくらいで、若く健康な十代の体が満足出来るはずがなかった。初めて味わう他人の粘膜の感触、その快感を忘れられず、その先にあるものを求めて、暦の性器は萎えることなく未だ硬さを保って上を向いていた。はーっ、はーっと獣のように息を荒げて、身動き出来ずにじりじり燻る体を持て余している。頬から滑り落ちた彼の精液が、濡れた唇の隙間に入り込んだ。舌先で味わうと、どこか青臭い苦みを感じた。
……あ、レキの味。
真上から見下ろす形で、ランガは独り言のようにつぶやいた。
「おれの身体、使って……」

ぎし、ぎし、ベッドが軋む。暦の包帯だらけの体の上に乗っかって、上下に腰を揺らしながら、ランガはどうやっても漏れそうになる声を必死に押し殺そうとして、そのたびに失敗していた。
「あっあっ、あっ」
ろくに慣らしてもいないその場所は、そうそう簡単には開いてくれなくて、ぎりぎりいちばん太いところが少し入り込んではすぐに押し出される、その繰り返しだった。
あの時、もう顔も思い出せない男が、自分に何をしようとしたのかを後になってから知った。性的なものに極端に関心が薄かったランガにとって、それは驚きと同時にどこか腑に落ちるものだった。どちらかと言えば指向がそうだったのかもしれない。けれど、行為そのものに対する嫌悪感は消えず、誰かとどうなりたいという欲求もなかったから、知識は得ても身体は未熟なままだった。そのことを今になって少し、後悔していた。
……後ろ、ちゃんと自分でしとけばよかった。だってこんなに急にそうなるなんて思わなかったから。レキが出したものを指でナカに塗り込んで、滑りをよくして、時間をかけてやっと先っぽが少し入ったくらい。痛いし、苦しいけど、出っ張ったところがナカで擦れると、おれはすごく気持ちいい。でもレキはこんなの、きっと中途半端だ。ごめん、おればっかり……。
暦の頭はずっと混乱していた。ランガが自分のを触って、舐めて、そして今、その細い脚の間に受け入れている。さっきからもうずっと、先端が溶けるんじゃないかってくらい気持ちがいい。ぬるいけれど確かな快感を享受していながら、何が起きているのか理解がぜんぜん追い付かない。けれど、自分の上で揺れる彼の白い肢体が目に映るたび、暦のペニスは否応なく上を向いてしまうのだ。
「ハッ、ハッ……、」
――やべえ気持ちいい。めちゃくちゃキツくて、なかなか入れてもらえなくて、やっと入った先っぽがきゅんきゅん締めつけられる。すぐ追い出されて、でも引っ掛かったとこが痺れるほど気持ちいい。ああ根元までぜんぶ入れたい。ぜんぶ入れて思いっきりナカを突きたい。さっきからずっと興奮して犬みたいに舌出して、俺って犬以下?最低じゃねえ?こんなことしてる場合じゃないのに。つい最近、クラスの奴に聞かれたっけ、どんな女が好み?って。そんなんわかんねーし、でもまあ胸は大きい方がよくね?って答えた。柔らかくてふわふわしてて、気持ちよさそうじゃんか。ランガは女の子じゃないのに、ナカは女の子なんかよりきっとずっと柔らかい。そこに俺を入れてくれるんだ。……何で?
白い体が今にも倒れてきそうで危なっかしくて、何度も腕を伸ばしかけて、そのたびに動かせないことに気付いて舌打ちした。この腕さえ動かせたら、背中を支えてやれるのに。細い腰を掴んで揺さぶって、体勢ひっくり返して、俺ばっかりじゃなくてお前のこと、もっと気持ち良くしてやれるのに。なあランガ、俺だってお前を。
――お前を、あの夜と同じ目に合わせるわけにはいかないんだ。
そこで唐突に気が付いた。

「……ランガ、俺、お前のこと好きだ」

途端にきゅん!とナカが締まって、油断していた暦は「あっ駄目だ、」と慌てて腰を引いた。ゴムなんて最初から用意していなかったから。も、やばいから、と目で訴えると、頬を真っ赤に上気させたランガが首を横に振った。
「いい……いい、このまま出して、レキ」

(今、レキのこと、ぜんぶ受け止められなかったら、きっと後悔する。そんな予感がする)

まだ浅い、奥には到底届かない場所に、熱い飛沫がかけられた。ナカが切なく疼いて、なんとか奥に暦の精液を取り込もうとうごめいたけれど、それは叶わなかった。後ろが濡れているのを感じながら、暦のうすい腹筋に自身を擦り付けて、ランガもすぐに吐精した。大好きで、確かに満たされたはずなのに、どこか物足りなさを感じずにはいられなかった。
「ランガ、」
呼ばれて、そのまま上体を倒して唇を重ねた。不器用に舌を絡めながら、唇へのキスより先に暦のペニスにキスしてしまったことに今さら気が付いた。

「……おれって実はふしだらだったんだ。知らなかったな」
「なに言ってんだ?」

静かな寝息が聞こえてきた。暦は口をぽかんと開けて、端からよだれを垂らして穏やかに眠っている。物理的に溜まっていたものを吐き出して、すっきりしたことで幾らか精神的にも落ち着いたのかもしれない。だらしない口に唇を合わせてちゅっと拭ってやってから、ランガは自分も横になった。

――どうか朝までよく眠って、なにも考えずに。もう怖いことも、傷付くことも、不安になることもないんだ。おれが傍に居るから。だから安心して、早く元気になって。
大丈夫、おれは絶対に負けないから。だからまた一緒に滑ろう。

レキ、おれの特別な、可愛いひと。おれもおまえが大好きだ。
だからずっと一緒にいよう。これからもずっと。

(ずっと?本当に?)