振り翳した刀が地面に落ちる音が響く。全身から力が抜けて、もはや立っていることも出来ずに膝をついた。
「土井先生!」
つい今し方まで刀を突きつけられていた子どもたちが駆け寄ってくる。顔も名前も到底思い出せなかったが、この子らが自分にとってどれ程かけがえのない存在かということが今はわかる。ぺたぺた頬に触れてくるふかふかした手のひらの温かい感触。これを斬ろうとしたのか、とどうしようもなく涙が出る。この尊いものの命を奪おうとしたのか。私は。
「土井先生?どうしたんです」
「泣かないで……」
代わる代わる小さな袖で涙を拭いてくれる二人の、その隣でじっと黙って座っていた子どもがふと立ち上がるとゆっくり近付いてきた。喉元に刃を突きつけられて尚、怯むことなく目を逸らすことなく、真っ直ぐに見詰めてきた子どもだった。
「……先生」
私はお前たちの先生ではない。 先生などであるはずがないんだ。
「、何も。何ひとつ、思い出せないんだ……」
戦で親を亡くした子どもを、家を焼かれた子どもを、己と同じような身の上の子どもを作らないために守りたかった筈の命だ。太平の世を作るという大義名分に踊らされ、こんなものはただの殺戮だとわかっていて、進んで命を奪う選択をしておきながら。それでも誰かのためだと信じて縋ろうとしたのだ。何のために。誰のために。笑わせるな、己のためだろう。己が救われたかっただけだろう。
子どもは天鬼の前に立ち、小さな声で「なんにも……」と呟いた。落胆でも諦めでも憐憫でもなく、ただ確認のために言葉を発しただけのように思えた。
「ぼくのことも、二人のことも。山田先生や忍術学園のことも、なにもわからないんですね」
かすかに頷くと、子どもはふうっと大きくひとつ息を吸って、吐いた。
「でもぼくたちを助けてくれた」
思わず目を見開く。目線は硬く冷たい地面を見据えたまま、天鬼は息を呑んだ。
ーー今また、許されようとしている。己が殺しかけた子どもに。
「半助」
傍らでその身を拘束していた男が静かに呼んだ。しかしながらその名前は己のものでは無いのだ。天鬼は俯いたまま首を振る。男は困り果てたようにため息をついた。
「お前さんの自我がそうでなくても、儂にとってお前さんはどうしたって半助なんだ。今さら変えられん。そう呼ぶことしか出来んよ」
肩に手を掛けて「顔を上げなさい」と促され、天鬼は漸く重たく垂れていた頭を上げた。目の前の男は優しげな顔をしていた。
「いつまでもこうしている訳にもいかんだろう。起こってしまった事態は収めんとな。お前さん、集まった兵たちに上手いこと言って解散させてくれんか。あとの処理はこちらでやるから」
力無く頷き、天鬼は立ち上がると事態を収めるべく外に向かって歩みを進めた。大人でも子供でもない青年たちが気遣わしげにこちらを見る視線が刺さる。己が付けた彼らの傷はまだ完全には癒えておらず、滲む血の色が痛々しかった。 一人ずつ傷の具合を確かめ、済まぬことをしたと詫びて回りたかったがそれは今ではないのだと振り切って、軍司として開戦の狼煙が上がるのを待ち侘びる荒くれ者どもの前に立った。

子どもはずっと目を逸らさず、じっとこちらを見つめていた。まるで瞬きする瞬間も惜しいのだと言わんばかりに。一瞬でも目を離せばたちまち消えてしまう、何か儚いものをその目に焼き付けているようにも見えた。