あかつき降ち

陽の光の眩しさに、わずかに目を開いた。藁拭きの屋根が視界に入る。視線を動かせば低い土壁が見えた。全体的に簡素なつくりの家である。未だ見慣れたとは言えない景色に、きり丸は一瞬呆けて「ここは何処だったっけ」と考えた。やがて幾らもしないうちに、ここが忍務のために半年ほど前から使用している仮住まいであること、共に忍務に当たっている師は今朝から単独の任に就くため、今ここには自分ひとりしか居ないのだということを思い出した。まだどこかぼんやりとした意識のまま上体を起こすと、腹の上に二枚の着物が掛けられていることに気が付いた。そのどちらにも見覚えがあって、きり丸は両手でそうっと手繰り寄せた。一枚は自身が普段から身に着けている羽織。もう一枚はもっとずっと大きい――あの人が夕べも着ていたもの。合わせの部分に顔を埋めると、愛してやまない人の匂いがした。
「先生……」
腰がじんと痺れている。はだけた寝衣の裾から覗くふくらはぎに、赤紫に変色した痣が見えた。昨夜、強く掴まれて強引に開かれた時の指先の痕だ。掛け襟を解くと、左に胸の先にくっきりと歯形が付いていた。それらを刻まれた瞬間を思い出して、きり丸は震えた。首筋に、鎖骨に、へその周りに、無数に残る口付けの痕。しばらく留守にするからと告げた後、あの人はいつもより念入りにきり丸を抱いた。異様なほど偏執的に、これが最後とでも言うように。未練と後悔を残すまいとでも言わんばかりに。古くて冷たい床に背中をずるずる擦られながら、がくがく揺れる視界の中で「次の城を落とすのにどのくらいかかるのですか」と尋ねたら、あの人は何でもないことのように「一と月以内に」と答えた。
たったひと月。しかしなんと途方もなく長いことか。あんまりさみしかったので、きり丸はいつもなら許されないことを口にした。

(ぼくの身体に痕を残して。そして、それが消えないうちに帰ってきてください)

到底叶えられないとわかっていて、閨での我が儘なら許されるという悪知恵も働いて、そんな馬鹿げたことを強請った。あの人は顔色一つ変えなかったけれど、どこか面白がっているように見えた。
(三日で城を落とせと?)
それからまた時間をかけて愛された。髪の毛の一本ずつ、爪の先まで入念に。この身体からあの人の匂いがしない箇所がもうどこにも無いくらい、ほんの少しも余すところなく。いちばん深いところまで探られて、堪らず声を上げた。何度も。そのたびに祈った。
どうかご無事で。

「先生、」
眠る愛し子を置いて、夜のほどろに出て行ったのだろうか。かまどに火が燃えた痕跡はなく、家の中は冷え冷えとしていた。起きて火を起こして、朝餉を作って差し上げたかった。あたたかい食べ物も、寝床もない寒くて暗い戦場で、ふと自分を思い出すことはあるだろうか。もういちどこの身体に触れたいと思うことはあるだろうか。あの人の帰りたい場所になれる日がくるだろうか。
乳房のすぐ隣に付けられた、真新しい赤い痕を両手のひらで包み込んで、きり丸は願った。
「はやく帰ってきて、傍にいて。もうどこにも行かないで」

――何度だってぼくを愛して。これきりだなんて言わないで。