あなたと出逢ったあの夜に、ぼくは世界に陽が射すことを知りました。
寒い夜でした。物乞いをしていた道端で、後ろから羽交い絞めにされて暗がりに連れ込まれたのです。三人がかりでした。一人がぼくが着ていたぼろを引き裂いて、一人がぼくを丸裸に剥きました。急いた一人が無理やり後ろに指を突っ込んで、当たり前ですけれど切れて血が出ました。あんまり痛いのでぼくは泣き叫びました。その時、背後で悲鳴が上がったのです。男たちは振り向くなり、ぼくを思い切り突き飛ばしました。地べたから顔を上げると、若い女の人が踵を返したところでした。男たちは完全に興味を移して、奇声を上げながら女の人を追いかけて行きました。ぼくは立ち上がって土にまみれたぼろを着て、そこから逃げ出しました。後ろがひり付いて痛かったけれど、ここに居たら駄目だと思いました。あの男たちが戻って来るかもしれないし、そうでなくても別の誰かに襲われるかもしれない。よろよろ走りながら、あの女の人は逃げられたのだろうかと考えました。そしてぼくは男で、子どもだったから助かったのだと後になって知りました。
その日、丸三日のあいだ何も口に入れていなかったせいでひもじくて、きり丸はいけないと知りつつ自分から夜道に出た。どうにかして日銭を稼ぎたかったのだ。つい数日前に橋の袂で見た飯盛女を思い出して、その真似ごとをしてみせた。
――おにいさん、どぉ?
薄汚れた幼い子どもにおよそ誰も見向きもしなかったが、もの好きはどこにでもいるものだ。でっぷり太った赤ら顔の男がニヤニヤしながら「オイ坊主、試してやるから裸になってみろ」と揶揄った。肌からぼろ切れを落とすと現れた白くて薄い体に、男は倒錯的な興奮を覚えた。鼻息荒く襲い掛かって来た男に力任せに組み敷かれて、きり丸はもうどうにでもなれと覚悟を決めたつもりだったが、やはりどうしたって恐ろしかった。土壇場になって手足をバタつかせて暴れ出した子どもの頬を、男はしたたかに打ち据えた。
「ああ、これだからガキは面倒なんだ」
そう吐き捨てると男は下穿きをずり下げ、小さな口を無理やり開かせて自分の一物を突っ込んだ。
「ンブ、ウッ」
ずぼずぼ下品な音を立てて暫く好き放題に抜き差しした挙句、男は「おぅっ」と呻いて呆気なく口内で果てた。戯れに飲めと言われたので素直に飲んだふりをして、きり丸はぜんぶ吐き出した。舌先から饐えた匂いがして、喉の奥がひどく気持ち悪かった。足元に「ほらよ」とびた銭が投げ付けられて、それで三日ぶりに食べられた。それから、ひもじい思いをするたびにそういうことをした。だから、
「ぼくの口は穢れているのです」
最中に頑なに口吸いを拒むので、何故かという問いに対する答えだった。天鬼はわずかに眉を顰める。五つの時に焼け出され、その後の数年をたった一人で生き抜いてきた子どもが、生きるため稼ぐための術を考えれば必然的にそうなるだろうことは想像に容易かった。予想の範疇の話であったので、別段驚きはしなかったが、ただ胃の底の辺りにどす黒く焦げ付くような何かが残った。
「……酷なことを聞いたな」
「いいえ……いいえ。でも、天鬼さま。ぼく、体は、……最後までは」
切れ切れに言うときり丸は顔を伏せた。綺麗な体だとはとても言えないのだった。
「自身の身を守るため手段を択ばなかったとて、それは恥ずべきことではない」
きり丸は激しくかぶりを振った。
「何も仰らないでください……どうか」
許しを請うように伸ばされた両腕を取り、天鬼はふたたびきり丸を抱いた。この子を手元に置いてからそう時を経ず我がものにした最初の夜。己を組み敷く大人の男に驚きも、ましてや恐がりもせず、ただ静かに目を閉じて受け入れたあの時から、この子が無垢な子どもでいられなかっただろうことはわかっていたのだ。
「あ……ぁ、天鬼さま」
熱い息を吐きながら貪欲に男を飲み込んでゆく柔らかい体は、間違いなく夜毎の房事で花開いたものだった。どこに触れても子どもはひどく悦んだ。ぼくに触れるのがあなたでうれしいと泣きながら笑った。
「あっあっ、あッ」
手のひらを重ねて指を絡めてやると、安心したように声を出した。教えた通り従順に、はしたないほど足を開いて、奥の奥まで受け入れる。ごつりと壁に当てるとひときわ大きな声を上げて、覆い被さる太い首筋にむしゃぶり付いてきた。
「ッあ、好き、すきです、天鬼さま……」
――あなたがお聞きになるから、ぼくは嘘をつけませんでした。でも、……でも。知られたくなかった。なんにも知らない真っ白なぼくのままで、あなたのお傍に居たかった。七つの歳にあなたに拾われて、ぼくは生まれて初めて生きていてよかったと思いました。この世の理のなにもかもすべてを、あなたに教えてほしかった。あなたはぼくを愛してくださる。昼も夜も明けなく。ぼくは寝ても覚めてもあなたのことばかりです。ああ、ぼくに触れる初めての人が、あなたであったなら良かったのに……。
「、いや!」
突然、きり丸の声音が変わった。目を見開いて、自分を組み伏せている相手を信じられない思いで凝視した。何が起こっているのか少しも理解できない様子だった。
「やめて、なに?何してるの?厭だ、いやだ!」
十も半分を過ぎているはずなのに、まるで四つか五つの幼子のようにきり丸は叫んだ。――なぜ、自分の体に知らない大人の男が入り込んでいるのか?なぜ、自分は何も身に着けていないのか?この男は誰で、何をしているのか?わからない。何もわからない。
それはこの上ない恐怖だった。
「かあちゃん、かあちゃん!」
ついには声を上げて泣き出したきり丸を、天鬼はじっと見詰めた。
――術のかかりが早い。
己に完全に心を許している証というべきか、素直な教え子はすんなり退行したらしかった。
「……不忘の術は、辛い記憶を忘れさせるものではない。ただ、挿げ替えるのだ。すべては今宵、私がお前にしたことだ。痛みを伴うこの記憶を決して忘れるな」
**
子どものすすり泣く声がする。同時に不釣り合いなほど艶めかしい吐息が響いている。
「ぁ……、あッ痛い、いたぁい」
しゃくりあげる子どもの脚の間を、赤黒く、太く、筋が盛り上がった怒張が出入りしている。拒絶の声を上げながら、きり丸は痛みだけではないひどく矛盾した感覚を覚えていた。しかし、抵抗することを忘れてはならないのだと必死に自分に言い聞かせた。
「やめて……お願い、やめて」
自分を組み敷く男の胸板は分厚い筋肉に覆われていて、必死に手を突っ張って押し返そうとしてもぴくりとも動かない。あっさりと両の腕を床に縫い付けられて、二つの体がより一層ぴたりと密着した。押し潰されてしまう、ときり丸はかたく目を瞑った。
「ッあ!?」
瞬間、男の怒張が一気に押し入って奥の壁を突き上げた。硬いものが柔らかい壁をごり!とえぐる感覚に、きり丸は高い声を上げた。
「いやぁ……!」
犯されているのだ、と唐突に理解した。自分は尊厳を破壊されつつあるのだ。あの日、道端で男たちに――いや赤ら顔の太った男に――違う、この、目の前の男だ――大きな海のようなこの男に、自分は沈められて溺れて死んでしまうのだ。あっけなく。跡形もなく。
「あ――、」
ぐちゅぐちゅと淫靡な音が耳に入った。それが自分の脚の間から、あろうことか男に犯されている場所からだらしなく漏れている音だと理解して、きり丸は絶望した。――どうして?こんなに痛くて苦しいのに、どうして、ぼくの体はこんなことに……。
「……初めから素質があったとしか思えぬ、淫猥な体だな」
低い、冷たい声で男が囁いた。
「凌辱されているというのに随分と悦ぶ。お前は婀娜な子どもだよ」
首を振る。……違う、違います。
誰に何を言われても、この人にだけは言われたくない言葉だった。なぜそんなことを思うのかわからない。けれど、後からあとから止めどなく涙が零れた。
「厭です、いやです。もうやめて……ぼくの中から出て行って……」
けれど意思に反して中はいやらしく収縮した。引こうとするものをきゅうと締め付けて、なのに呆気なくずるりと抜け出した熱塊を慌てて引き留めるように、きり丸の中が妖しく蠢いた。
「あ……、ぁ……、イヤ、行かないで……」
限界まで膨張し、血管がぴくぴくと膨れ上がったグロテスクな太竿が眼前にびたりと押し当てられた。言い知れぬ恐怖と、自身でも理解しがたい期待とが入り交じり、きり丸は殆ど思考停止した状態で目の前のものを凝視した。
――こんなものがたった今まで、ぼくの中に出入りしていたなんて、うそみたい。こんな、こんなに大きいの……。
「、すごい……」
先端の穴から滲み出た汁ごと唇にぐいぐい押し付けられ、促されるようにちいさく開いた口の中に、隙をついて半分ほどねじ込まれた。勢いで喉を突かれて、きり丸はかるく嘔吐いた。
「ッんぐ」
火傷しそうなほど熱くて硬いものが、口内でどくどくと脈打っている。どうしたらいいかわからない筈なのに、舌が勝手に迎えにいってしまうのを止められなかった。両手で支えて、大きく口を開けて、先端を舌で包み込む。ああ、とてもじゃないけど全部なんて口に入らない。亀頭をよだれでべとべとにして、夢中で指で撫でしごいて、途中で何度も嘔吐きながら、出来るだけ喉の奥まで飲み込んだ。ああ、なんて大きい。なんて濃い匂い。なんて、なんて素敵……。
「……上手だ」
不意に頭を優しく撫でられて、涙が出るほど嬉しくて胸がぞくぞくした。口いっぱいに頬張ったまま顔を上げる。鼻の穴が膨らんで、口をすぼめて、涎と鼻水でべとついた酷い顔を、男は心の底から愛おしむような眼差しで見詰めた。耳に掛かる長い黒髪を指で掬い上げて、口付けを落とした。
「綺麗だよ」
――ああ、ぼくはこのまま、死んでもいい。
**
犯し尽くされて力なく床に横たわる子どもは、もはや指一本動かせず、うつろに宙を見詰めていた。何度も中に出されたものが脚の間からとろとろと漏れ出している。身体のあちこちが痛くて、喉が渇いて、きり丸は「お水……」とつぶやいた。
「おいで」
声と同時に腰を抱かれた。後ろ頭に腕を回されて、かくんと上を向いた顔のすぐそばに水の入った湯呑が差し出された。
「慌てずにゆっくり飲みなさい」
言われた通りに少しずつ喉を鳴らして、与えられるまま冷たい水を飲んだ。すぐに湯呑が空になって、ふうっと大きく息を吐いた。濡れた唇の先を、軽く掠めたものがあった。
「……、天鬼さま……」
それがこの人の名前だと、きり丸はもう知っていた。口に乗せた途端、訳も分からず涙がこぼれた。頭の中でぐるぐると巡るものがある。思い出したいこと、思い出したくないこと、思い出さなくてもよいこと。焼け出された夜。雪を見上げた廃寺の縁の下。あなたに拾われた七歳の日。初めてこの体を捧げた冬の夜。ずっと傍に置いてくれたこと。次の春で十一になること。
「ぼく……」
「少し眠りなさい。目覚めた頃には楽になる」
素直にこくりと頷いて、きり丸は目を閉じた。
腕の中で眠る愛しい子どもを見詰める。
――記憶が塗り替えられることで、少しは生き易くなると良い。私にとってお前の過去など、些末なことに過ぎないのだから。
ところでこの子を拾った村の辺り、確かに盗賊や野党がひしめいていたが、……この際だから焼いてしまおうか。跡形もなく。
もう何年も前のことだが、そういう輩は大抵変わらぬものだ。御屋形様には内密に、ひとつ罠を張ってみようか。掛かったものから順繰りに、首を跳ねてしまおうか。時間はかかるかもしれないが、世のためにはなるだろう。
愛し子は深い眠りに入っているようだった。安心しきってすやすやと寝息を立てている。少しの穢れもない、純粋な子どもの寝顔だった。
唇がまだ濡れていたので、もういちど顔を近付けた。軽く吸うと、あまい吐息が鼻を掠めた。
「……いつかはお前から触れておくれ」
どれだけ時間がかかっても良いから。
お前と出逢ったあの夜に、私はこの世界に陽が射すことを知ったのだから。
終